体を動かすだけで音楽を奏でられる楽器「KAGURA」に世界が注目!
/芸術工学博士 中村俊介
斬新なアイデア・ひらめきをきっかけにイノベーションを起こした人たちにフォーカスするインタビュー企画。今回ご紹介するのは、しくみデザイン代表取締役であり、芸術工学博士の中村俊介。

中村は、「体の動きがそのまま音楽になる」という楽器アプリ「KAGURA(かぐら)」を開発。AR(拡張現実)技術を使い、カメラが内蔵されたPCの前で体を動かすと、その動きを読み取って音楽を演奏できるというものだ。何かに触れたりする必要もなく、楽器を弾けない人でも気軽に音楽の演奏を楽しめる。
「KAGURA」のデモ動画/KAGURA meets COLTECO&YURI
「何にも触れない楽器」「モーションが音楽になる」という斬新な発想もさることながら、KAGURAの根幹をなすAR技術がまだ発展途上段階にあった2002年に、すでに「KAGURA」構想と基本技術を完成させていたというから驚かされる。15年の月日を経て製品化に至るまでにはさまざまな壁があったが、それをいくつものひらめきで乗り越えてきた。そんな中村のひらめきヒストリーをたどる。
最初のひらめきは
「専門分野ではトップに立てなくても、組み合わせれば勝負できる!」
「KAGURA Player」の遊び方は実に簡単だ。PCの内蔵カメラで自分を映し、モニター画面に表示されたアイコンを触るように手や体を動かす。すると、そのアイコンに割り当てられた音が鳴る。ギターやピアノのように音階もつけられる。あとは、プリセットされた楽曲に合わせて、DJ風にパフォーマンスするもよし、ドラムを鳴らすようにアグレッシブに動くもよし。思い思いに動くだけで、本格的な演奏ができる。
音楽をより深く楽しみたいなら、オリジナルの音色や楽曲も作ることができる「KAGURA Pro」も提供されているが、「KAGURA Player」でも、弾いている実感や楽しさは十分味わえる。モニターに映る自分の動きを見ていると、キャッチーなパフォーマンスプレイもしたくなってくる(ちなみに、中村は過去にKAGURAを使ったパフォーマンスで共演したDJ KOOさんの動き"も"参考にしているのだそう)。かつてない演奏体験は、文句なしに楽しいし、見ていてもカッコイイのだ。
では、どういう経緯で中村はこのツールを開発するに至ったのだろう。
デザインが好きだった高校時代の中村は、大学進学時に建築学科を選ぶ。その頃、コンピューター利用設計システム(CAD)開発のソフトハウスでアルバイトをし、独自に構造計算ソフトを開発。アルバイトの身ながら、一部門を任されるほどのプログラミング技術を習得したことが、のちの大きな糧となった。
一方で、建築を学べば学ぶほど、自分の手でものづくりの全工程を手がけたいという思いが募り、大学院ではグラフィックデザインの道へ進む。念願のデザイン分野では早々に挫折を味わうが、同時に自分の強みも発見することになる。
「大学院に入ってみると、4歳下の大学1年生の後輩たちのほうがずっと絵がうまく、その時点でデザイナーになるのは無理だと悟りました。ただ、彼らのなかでプログラミングができる人はいなかった。アルバイト時代も、周りは自分より優れたプログラマーだらけでしたが、デザインができる人はいませんでした。僕は、それぞれの専門分野ではトップに立てなくても、デザインとプログラミングの両方ができる。世界を見回しても、両方を同時にやっていた人は当時、非常に少なくて、ふたつを組み合わせた分野なら勝負できると思ったんです」
デザインとプログラミング。今でこそ「メディアアート」と呼ばれる分野として確立しているが、2001〜2002年当時はまだ一般的ではなく、ふたつを組み合わせて作った作品やデータは現代美術でいうところの「インスタレーション」カテゴリーにまとめられていたというから、中村が着眼した分野がいかに新しかったかがわかるだろう。
その後、自身が抱えていた「楽器コンプレックス」から、中村は「動きが音楽になる」作品を作ってみたいという思いが強くなった。
「幼い頃から音楽が好きで、何か楽器を弾けるようになりたかったのですが、練習の厳しさの前に何も習得できませんでした。“練習”というハードルは高すぎる。そんなものを越えなくても、思うままに体を動かしたら気持ちよく音楽が鳴るといいのに、という思い……というかトラウマみたいなもの?(笑)それがきっかけで『自分がとことん楽しめるものを作ってみよう』と思ったんです」
中村のプログラミング技術をもってすれば、「動きを音にする」こと自体はそう難しくなかった。だが、思わぬところでつまずく。
「出てくる音が不協和音で、全然楽しめなかったんです。たまたま研究室にいた、音楽経験のある後輩に相談して、初めて“コード(和音)”の存在を知りました(笑)。そこで、コードのプログラムを作成して組み込んでから演奏してみると、突然心地いい音楽が響き始めたんです。そのときの気持ちよさといったら!あとは、和音だけでなく、沖縄民謡や和琴のような音色やリズムのバリエーションを加えたりして、作品として整えました」
「テクノロジーを使って音と踊りをひとつにしたい」という思いと、楽しい音楽と踊りで天照大神を外に連れ出したという神話にちなみ、「KAGURA」と命名。テクノロジーからビジネスプランまで、さまざまなジャンルのコンペでグランプリを受賞し、獲得した賞金で会社を設立した。また、KAGURAで採用した“体を動かすことで演奏する技術”を、「楽音生成方法」と名付けて特許も取得。しかし中村は、「KAGURAを商品化したいとはまったく思わなかった」と冷静だった。
「自分のなかでは、楽しく気持ちよく動きながら音が鳴らせたところで満足でした。コンプレックスも解消できましたしね(笑)。あと、どうせ売るのなら、KAGURAをアートではなく、“ツール”として出したかったんですが、当時のハード環境はというと、カメラ内蔵のPCはまだ少なく、携帯電話もやっと写メ機能が普及し始めたくらい。インターネット回線はようやくADSLが普及し始めた頃で、まだまだ技術環境が整っておらず、楽しさを伝えるツールになり得なかったんです。ただ、広告やイベント時のプレゼンテーションといったクライアントの目的ごとに、オリジナルのコンテンツを開発・提供するというやり方なら、KAGURAの基礎技術を生かせると思っていました」
KAGURA封印。新分野における
「わかりやすさ」「使いやすさ」の
重要性を認識
そういうわけで、2005年に設立した会社では、KAGURAはいったん封印。その基礎技術を用いたインタラクティブ性のある広告やシステム、デジタルサイネージの企画・提案が主な事業となった。
「そもそも、双方向性コンテンツというものがほとんど存在しない時代でしたから、企業にオリエンテーションに行っても『何それ?』となかなか理解してもらえなかった。「地デジ化で2009年ごろから視聴者参加型のテレビ番組が増えてきて、それから『中村さんが言っていた双方向って、こういうことだったのね』とわかってもらえるようになってきました。また、2010年頃から始まる第1次ARブームで、さらに『ああ、これがやりたかったのね』と、話が進みやすくなりました」
特許技術を生かせるという強みもあり、音声や画像処理を使ったARや双方向性コンテンツ市場ではほぼ独走状態。そうして10年ほど、ARコンテンツやデジタルサイネージを手がけてきた結果、「わかりやすい機能や見せ方」がいかに重要かを学んだ。
「デジタルサイネージは、少しでも理解できない部分があると遊んでもらえないので、機能や仕掛けを絞り込んで、わかりやすい仕組みだということを伝えないといけない。さらに、僕たちが提供しているのは、アートではなく、広告などの“ツール”。特に、デジタルサイネージは動いていないと意味がありません。最悪、ハードが壊れて止まるということがあっても、ソフトの不具合で止まることは絶対あってはいけない。そうした稼働性などの機能にもこだわりを持ってきました」
実際、しくみデザインが10年前にある企業へ納品したサイネージは、今日まで一度も止まることなく動き続けているという。「これは、ちょっとした自慢」と、中村は誇らしげに語る。「わかりやすさ」と「使いやすさ」の追求は、のちにKAGURA商品化の際に生かされることとなる。
自分より得意な分野を持つ人には
素直に任せることで、予想以上の
面白い作品へ

取材中、開発者自ら「KAGURA」をプレイ。「何も考えずに手を動かすだけ」で、ギターやドラムなど、さまざまな楽器の音色が奏でられる。
転機は2013年。Intel社から「新しい3Dカメラが発売されるのを機に、それを使ったソフトをコンペに出してみては?」という提案を受ける。世の中を見回してみると、いつの間にかカメラ内蔵PCやスマートフォンは当たり前に。Wi-Fi環境も整い、カメラ性能や映像技術も10年前より格段に進化していた。
「今の環境なら、KAGURAを楽しんでもらえるのでは?」
好機とふんだ中村は、KAGURAのリメイクに取りかかる。10数年前、後輩のアドバイスでKAGURAを完成させたように、今回もまた、自分より得意なことは素直に人に委ねた。
「うちの会社には、グラフィックができる社員、優れたプログラムを構築できる社員、音楽センスのある社員など、僕がかなわない天才たちがたくさんいます。僕は『こういうのがあったら、もっと楽しくなるだろう』というのを伝えるだけ。あとは得意な人たちに任せたほうが、ひとりで作るよりもずっと素敵なものができあがってくるんです」
現在の社員の半数は、中村が大学院生のときに、自分より才能があると思った人に声をかけて集まったメンバーだ。相手の才能を素直に認め、「一緒にものを作りたい」と声をかける。簡単そうでいて、それがなかなかできないのは、少しでも自身の卑下やうぬぼれ、相手への羨望や打算が見えると、人が離れていくからだ。それを、中村はいともたやすくやってのける。
「年齢が下だろうが、立場が上だろうが、どんな人だろうと自分より得意なことがある人には素直に声をかけます。自分の状況やプロジェクトのことなど、洗いざらい話します。そうして一緒に制作したほうが早いし、面白いものができる。ただ、僕自身は、『こういうのができたらいいな』という見通しを立てたり、『あれとこれが組み合わさっているともっと楽しい』といったコーディネートは得意なので、そこは自分の強みとしてキープしています」
能力をフラットに判断し、それぞれの持ち味を最大限に生かす組み立てをする。それがKAGURAの完成度を高めることにつながっていったといえるだろう。
そうして完成した「KAGURA for PerC」は、音声や顔認識を活用したアプリケーションを対象とした技術コンテスト「Intel® Perceptual Computing Challenge」で、2,800作品のなかからグランプリを受賞。2016年には、世界中から約15万人が集まる音楽とメディアアートの祭典「Sónar(ソナー)」の世界的な音楽スタートアップ・コンペ「Sónar+D Startup Competition 2016」でグランプリを受賞。クラウドファンディング「Kickstarter」では28,000ドルの支援を集めることができた。ここにきて、ようやく中村は「KAGURAはビジネスになり得るかも」という手応えを得る。
「国内外で高く評価された2015年の段階においても、依然としてKAGURAはお金を生んでいませんでしたが、2016年には『面白い』『使ってみたい』という声が聞かれるようになり、ようやくビジネスになりそうだと思えたんです」
昨年、2017年から製品版の提供がスタート。今年1月には、「体を動かして演奏する」楽しさを伝える無料版アプリ「KAGURA Player」を配布するに至り、“ツールとしてのKAGURA”はついに日の目を見ることとなった。
「この楽しさを口でどんなに説明しても伝わりづらいのですが、デモンストレーションをすると、日本人・外国人に関係なく、食いついてくれる(笑)。なので、今後は音楽フェスでデモンストレーションをするとか、ダンサーにKAGURAを使ってもらうなどのプロモーションを増やして、体の動きが音楽になるという楽しさを通じて、KAGURAをプレイする土壌を広めたいと思っています」

KAGURA Player動作画面(Windows版)
「しくみ」になり得るのは、
「楽しい体験」ができて、
かつ「それでしかできない」こと
Springinのデモ動画
paintoneのデモ動画
同時に中村は、「楽しくて新しい体験を作れるなら、必ずしもKAGURAでなくてもよかった」ともいう。彼の根底にあるのは、社名にもなっている「しくみ」を作ることなのだ。
「例えば、『動きが音になる』という仕組みひとつとっても、ゲームから広告まで、また楽器にもコンサートのライブ映像にも応用できて、どんな場面でも人を楽しませることができます。こうして、使い方を変えるだけで、どこまでも多様化できる“しくみ”を考えることが好きだし、楽しいんです」
そして、“しくみ”になり得るのは「楽しくて」「それでしかできない」ことだ。現在、KAGURAのほかに、音の鳴る絵を作ることができる「paintone(ペイントーン)」、アクションゲームやパズルなど自分で考えたアプリが簡単に作れる「Springin’(スプリンギン)」といった、子ども向けのクリエイティブツールも積極的にリリースしている。
「子ども用アプリが増えたのは、単純に社員が親世代になったからですが、一方でタブレットが登場したのに、世の中では今まで手作業やアナログだった道具やパソコンの置き換えとしてしか使われていない。それじゃつまらないですよね。また、子どもはクリエイティブな発想を持っているのに、年齢を重ねるといつのまにか普通になってしまうのは、ツールや発想を表現する機会がないからです。僕自身はアーティストになりたいわけではなく、そのツールを用意するだけ。アートは、ユーザーや子どもたちに作ってほしい。だから、今はKAGURAとSpringin’をプラットホーム化することがいちばんの目標です」
仕事も、人生のモットーも
「すごいは一度だけ、楽しいは何度でも」

中村の子どもが自分で描いた絵を「KAGURA」に取り込み、演奏しているライブ映像を見せてくれた。中村は「子どもはどんなツールも遊びながら自由に表現してくれる」と語る。
独創的に思える中村だが、本人は、自身の発想法を「瞬間芸です」と笑う。
「相手がどういう状況で、どうしたいかを聞くと、それならこういうことができるなとアイデアが降りてくる。僕の場合、その場での提案が得意で、誰かと会話することでしかアイデアは生まれません。時間をかけても深いものは出てこないタイプ。逆に、熟考していいアイデアが出る人もいると思うので、自分のアイデアの出し方の特性を早いうちに認識しておくことは、とても大事だと思います」
そして、たびたび出てくる「楽しい」というキーワードも、中村にとって不可欠だ。
「何かを人に話すときは、なんでも全力で楽しんでいるように話します。楽しまなくちゃ、という義務感でやっているわけでもなく、ただ本当に心から楽しむ。すると、周りからも『楽しい仕事しかしないらしい』と見えるらしく、楽しい仕事が自然に寄ってくるんです(笑)」
では、楽しむコツは。
「小中学生への講演でも話すのですが、一般的に、やりたいことなら楽しいと言いますよね。でも、実際にはやりたいことを見つけるのはすごく難しい。だったら、やりたくないことを消去していって『これならやってもいいかも』を探せばいい。やりたくないことをやるよりは、やってもいいかもの方が楽しいし、よほど意義があると思うんです」
そういう中村は、「波のように流されながら生きるのが理想」と話す。
「これがあったら楽しいだろう」を素早くキャッチし、多くの人に使ってもらうツールを提供して、未来のクリエイターの卵を生み出す。各地で楽しい場や体験が広がるのを見ながら「やっぱり楽しいなあ」とにっこり笑う彼は、きっと今日もアイデアの海を泳いでいるのだろう。
株式会社しくみデザイン 代表取締役
中村俊介
なかむら・しゅんすけ/1975年、滋賀県生まれ。芸術工学博士。名古屋大学建築学科卒業、九州芸術工科大学大学院(現・九州大学芸術工学研究院)博士課程修了。2005年に、有限会社しくみデザインを立ち上げ、CTO(最高技術責任者)へ就任。2010年に株式会社化し、代表取締役となる。
text:FRISK JOURNAL
photo:有坂政晴(STUH)